さくぶん道場 第187回 大谷雅憲

2024年上半期のオススメ本

夏の高校野球は波乱に満ちて面白かったらしい。今年はパリ・オリンピックがあったので高校野球はあまり見なかったのだけれど、それでも、島根の大社や京都国際などの活躍は知っている。中でも気になったのは、滋賀学園応援団の「キレッキレダンス」だ。ちょうど、『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』という映画と、『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』(宮島未奈 新潮社)という超滋賀ローカル小説によって頭の中が「滋賀漬け」になっていたので「滋賀」に過剰反応してしまったのかもしれない。

 活字中毒を自覚している自分ではあるが、今年は文字や映像を前にすると目が痺れて途中で投げ出すと言うことを繰り返してきた。文字や映像の世界に入っていけないのである。で、何をしていたかというと、昆虫や鳥や植物の観察、そして庭いじり。そうした健康で自然豊かな世界から活字中毒世界に戻るきっかけとなったのが「滋賀シリーズ」だった。

というわけで、2024年上半期に読んだ本の中でオススメの本をランダムに紹介しようと思う。

ロシア文学研究者である奈倉有里のことばと出会ったときは「しあわせ」を感じた。ことばをこれだけていねいにあつかい、ことばをこれだけ愛している人が日本にまだいたのかという驚きとうれしさ。『文化の脱走兵』(講談社)を読み終えると、すぐに『夕暮れに夜明けの歌を〜文学を探しにロシアに行く』(イーストプレス)を手にした。ロシアとウクライナの悲惨な状況に引き裂かれながら、ロシアとウクライナの魅力的な人たちをことばによってすくい上げる、しなやかで強靭な感性に圧倒された。ロシア語が血肉となったときの、自分という存在がもう一度生まれていく感覚が筆者のことばへの信頼の根っこにあるような気がする。おそらく同じ経験をしたであろうACTの生徒に感想を聞きたい。

今年、続けて見ているテレビドラマは、NHKの大河と朝ドラだけ。『光る君へ』は一条天皇の時代に興味があるので時代背景や人物は詳しいが、『源氏物語』は通読していない。さすがに原文で読むのは荷が重い。角田光代訳がいいと聞いたので最後の機会だと思い、『源氏物語 上・中・下』(河出書房新社)を購入した。池澤夏樹個人編集 日本文学全集(全30巻)は編集方針がしっかりしていて、訳者の人選も面白いので、これまで、『古事記』 『平家物語』『能・狂言/説経節/浄瑠璃』『日本霊異記・今昔物語・宇治拾遺物語・発心集』『日本語のために』を持っていた。せっかくの機会だから、日本最古の長編物語といわれる『うつほ物語』(角川ソフィア文庫)も読むことにした。

朝ドラの『ブギウギ』に関しては、笠置シヅ子と服部良一はかねてからの大ファンで、CDの『笠置シヅ子全曲集』はすでに持っていたが、ドラマに乗じて、『歌う自画像〜私のブギウギ伝説』(笠置シヅ子 宝島社)『ブギの女王 笠置シヅ子』(砂古口早苗 潮出版社)『昭和ブギウギ 笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲』(輪島裕介 NHK出版新社)『ぼくの音楽人生』(服部良一 日本文芸社)『ジャズで踊って 舶来音楽芸能史 瀬川昌久 草思社文庫』『わたしの渡世日記 上・下』(高峰秀子 文春文庫)をノートを作りながら読んだので、明治から戦後にかけての音楽・芸能史に詳しくなってしまった。

小論文の授業関係では、ここ数年、経済学と医学に関するテーマを中心に読んできたので、今年は言語学と社会学、そしてAIに関するテーマについて整理したいと思ったら、面白い本に出会うことができた。『越境を生きる〜ベネディクト・アンダーソン回顧録』(ベネディクト・アンダーソン 岩波現代文庫)『はじめての人類学〜人間って何だろう?』(奥野克巳 講談社現代新書)『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆 集英社新書)『言語哲学がはじまる』(野矢茂樹 岩波新書)『言語の本質〜ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ・秋田喜美 中公新書)

 『越境を生きる〜ベネディクト・アンダーソン回顧録』は日本の若い読者に向けて書かれた回想録で、東南アジア研究・フィールドワーク・比較研究で重要な役割をした研究者なので、ぜひ読んでほしい。また、『はじめての人類学〜人間って何だろう?』は4人の人類学者が取り組んだテーマを通して人類学が格闘してきた問題とは何かを一冊で概観できる刺激的な本だ。

 

個人的なテーマとしては、「魂のふるさと」がある。広島に住むようになって、海民や倭人、隼人に関する文献を集めたり、ゆかりの地を旅したりした。今年になって、考古学者・森浩一の著作を知ったのが嬉しかった。『日本の深層文化』(森浩一 ちくま新書)『敗者の古代史(角川新書)『日本神話の考古学』(朝日文庫)『記紀の考古学』(ちくま新書)『古代史おさらい帖』(ちくま学芸文庫)などで、考古学的な知見に基づく古代文献の検証は新鮮だった。

『ざんねんないきもの事典』(今泉忠明 監修 高橋書店)シリーズは生き物の変な性質について。『猫と偶然』(春日武彦 作品社)は、猫についての変な精神科医の本。『中国の神話伝説 上・下』(袁珂 青土社)は中国神話に登場する変な生き物と変な人間の一覧表。何の役にも立ちません。