さくぶん道場 第185回 大谷雅憲

「これぞマレーシア!」な作品紹介

高校や大学の入試では、異文化体験を問われることが多い。せっかくマレーシアに住んでいたのだから、マレーシアの映画や音楽などを紹介できたらいいのだけれど、マレー系の映画や音楽はあっても、中国系やインド系の人たちにまで広がることは少なく、多民族が共生している姿にはなかなか出会うことがない。その中で、「これぞマレーシア!」な作品をいくつか紹介したい。ぜひ、マレーシアにいる間に入手して欲しい。

日本語訳もあるが、原作のマングリッシュで読んでほしい。『the Kampung Boy』は、1950年代のカンポンの日常を描いたもの。続編にイポーでの青春時代を描いた『Town Boy』、カンポンのルーツを再訪して昔と今を比較する『Kampung Boy yesterday&today』がある。ぜひ、この3部作をセットで揃えよう。

先月号のKL SekarangでKAYAさんがペトロナスのCMについて書いていたが、あのCMの原型を作ったのがヤスミン・アフマド。僕のおすすめは、PETRONAS Merdeka 2007: Tan Hong Mingで、Youtubeで見ることができる。ヤスミン・アフマドはCMでも映画でも、一貫して「もしかしたら実現可能かもしれないもう一つのマレーシア」を描き続けた。第一作目の「セぺッ」はこんな作品だ。

「セペッ」とは、マレー語で「細い目」を意味する。中国系の目の特徴を表した言葉だ。この映画は、従来のマレー映画の枠組みを超えた要素を多く含み持っている。ストーリーはシンプルな青春恋愛物。だが、マレー系の女性と中国系の男性との恋愛という設定は、あってもおかしくはないのに、誰も手がけることはなかった。民族の棲み分けがはっきりしているこの国で、民族や宗教の壁を超えた愛というのは、現実にはあっても映画のテーマとして扱うことには抵抗あるタブーだったのかもしれない。

冒頭のシーンでは、トゥドン(イスラムの女性が被るスカーフ)を被ったマレー系の少女が、家の中でコーランを詠みながらお祈りをしている。少女のお祈りが終わってタンスの扉を開けると、タンスの中には一面、香港映画で人気の俳優・金城武のポスターや雑誌の切り抜きが貼ってある。

このシーンは予想外の衝撃だった。少女は、中国映画が好きで、なかでも金城武の大ファンだったのだ。そして、オープニング・タイトルのバックで中国語の歌謡ポップスが流れる。金城武も中国歌謡も、映画における飾りではないことがわかる。この監督は本気で「マレーシア映画」の枠組みを作ろうとしている。

『ヤスミン・アフマドの世界』(山本博之編著・英明企画編集)は全作品に込められた、民族・宗教・言語などの社会的背景とメッセージを専門家たちが多角的に読み解く内容で、これを読むと「マレーシアの現在」が鮮明に見えてくる。