さくぶん道場 第178回
「十万人の市長になったら」 大谷雅憲
小論文演習クラスで印象に残ったテーマは一橋大学2015年度の「経済学と人間の心」(宇沢弘文)。彼の提唱する「社会的共通資本」は、コロナ後の社会システムを構築する上で再注目されている。「自然環境」「社会的インフラストラクチャー」「制度資本」の三つに属する全てのものは、国家的に管理されたり、利潤追求の対象として市場に委ねられたりしてはならず、職業的専門家によってその知見や規範に従い管理・維持されなければならないという考え方だ。
コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻によってサプライチェーンが切断され、最低限の物資の自前での生産の必要とエッセンシャル・ワークに携わる人々のありがたさを身にしみて感じたことで、「社会的共通資本」の提言はとてもリアルで示唆に富むものとして受け止めることができた。
今回の課題は、その応用編として近代都市計画についての歴史に触れたものだった。近代都市計画の理念は産業革命のあと、ロンドンをはじめとするイギリスの大都市で始まった。急速に増大する都市人口に比べて、そこに住む人々の暮らしは貧しく悲惨だった。
そこで、ロンドン郊外にまったく新しい住宅地をつくって、そこに貧しい人々を移したのがハワードだ。新しい町は、ゆたかな自然にかこまれて、家々の間もゆとりがあったので、「田園都市」とよばれるようになった。
この職住近接型の都市計画を読みながら、とても懐かしい気持ちになった。ハワードの田園都市に想を得て、阪急電鉄や宝塚歌劇団などを作った小林一三が作った日本最初の田園都市・宝塚が僕の出身地だったからだ。大阪の郊外の温泉地に少女歌劇団と動物園、遊園地、映画製作所というレジャーランドを作り、沿線を田園都市として開発する。この成功がモデルとなって首都圏の沿線も鉄道会社によって開発されるようになった。
次の都市開発はフランスのル・コルビュジェによる「輝ける都市」。「ル・コルビュジェの都市は、自動車を中心として、ガラス、鉄筋コンクリートを大量に使った高層建築群によって象徴されている」と筆者は書く。ドバイ・六本木ヒルズ・アークヒルズを例に出すが、マレーシアのモダンな都市計画も当然このグループに入る。筆者は「輝ける都市」について「そこに住んで、生活を営む人々にとって、じつに住みにくく、また文化的にもまったく魅力のないものであった」と批判的だ。
最後に筆者は新しい都市のありかたについて、アメリカの社会学者ジェイコブズの調査を紹介する。ジェイコブズはアメリカにもまだ人間的で魅力的な都市が残っているといい、その特徴を「四大原則」としてまとめた。
第一原則:都市の街路は必ずせまくて、折れ曲がっていて、一つ一つのブロックが短くなければならない。
第二原則:都市の各地区には、古い建物ができるだけ多く残っているのが望ましい。
第三原則:市の多様性についてである。都市の各地区は必ず二つあるいはそれ以上の働きをするようになっていなければならない。
第四原則:都市の各地区の人口密度が充分高くなるように計画したほうが望ましい。
いま、日本のあちこちで、地元の人と協力しながら古い街並みや家屋を改修したカフェやレストランなど、新たなコミュニティ作りをしている若者や外国人のグループを見かけるようになった。「四大原則」とおもしろいほど特徴が一致している。
この授業の興奮が冷めないうちに、作文教室と小論文準備クラスでも「10万人の市長になったら」というテーマで話し合った。一番多かったのは「世代を超えて人が集まれる居場所があるといい」だった。やっぱり! 僕も同意見です。