あじなんだよりAjinan Report vol.5

日本に戻って以来、かなり真剣に天気予報を見るようになりました。最低気温と最高気温、降雨予想をチェックして、日々の予定と着るものを調整します。雨が降りそうな日の外出は延期し、冷える予報があれば厚着で、でも日中の気温が上がりそうであれば脱ぎ着のしやすい服装でと、これまで使ったことのない頭の使い方が必要です。それでも、寒さが怖い南国帰りのため、「着て出た服では暑過ぎた〜」という失敗をたびたび繰り返しています。

とはいえ、マレーシア暮らし二十数年、じつは秋冬物の服はほとんど持っていません。必要な衣類を入手せねばならないのですが、下手に増やすとしまう場所がない。引越し経験の豊富な人も、そうでない人でも、自分のまわりを見渡して、ふと「今後モノは増やさんぞ」と心に誓ったことはないでしょうか。私はこの数年来の実家の片付けと今夏の本帰国を経験して、必要最低限(ただし上質)なもので暮らすミニマリストに憧れるようになりました。

秋深まる宮島・紅葉谷(もみじだに)

そこで目に入ったのが、『一年3セットの服で生きる—「制服化」という最高の方法』(あきやあさみ著:幻冬舎)という本。“制服化”の文言にズボラ心をそそられたことは否めませんが、要は、本当に気に入ったものを着ることは自分を知り、自分を大切にすることでもあるというのが著者の主張です。これだ!と膝を打ち、「これからは本当に気に入ったもの、一生モノの服を着よう」と強く思ったのでした。ところが…。

うかうかしているうちに季節は初秋から晩秋へと移ってしまいました。一生モノと出会う機会のないまま、常夏の国から持ち帰った衣類(しかも上質ではない)を重ね着している私を見かねてか、隣家のTさんが声をかけてくれました。彼女は私より一回り年上で、帰国直後から仲良くしてくれているご近所のおしゃれ番長(勝手に命名)です。

「マレーシアから帰ってきたばかりじゃ秋冬の洋服が足りないんじゃない?」

――はい、お察しの通りです。通勤がないから何とかなってますけど。

「私ね、クローゼットが満杯で今、断捨離中なの。あなたに似合いそうな服があるから、よかったら着てくれない?」

ええと、じつはいまミニマルな暮らしを求めておりまして、なんてどの口が言えましょう。実際、寒いし。で、ご厚意に預かることにしました。

どーん。→

これが断捨離の結果です(Tさんの)。おかげさまで朝は寒いのでセーターを着て、午後からトレーナーに着替え、夕方には再びセーター+カーディガンを羽織るといった、目まぐるしいながらも、ぬくぬくとした日々。一日3セットもの服で生きています。