さくぶん道場 第170回

「ことばが立ち上がる瞬間」       大谷雅憲

僕は25歳の時に、初めて作文教育に関わった。もともと教育に興味があったわけではない。作文教育者である宮川俊彦さんの本作りの手伝いが最初のきっかけだった。それから、成田市での出張授業に同行することになった。運転手兼助手として。

授業は面白かった。「空は何色?」「青!」「そうかな?」と宮川先生。そして、教室の窓を開ける。「窓の外を見てごらん」「あれ、青じゃない」。固定観念が外れた子どもたちは、自分の目、自分の頭を使って世界と向き合うようになる。

その教室の生徒の中につねちゃんがいた。作文教室にきても作文用紙に一字を書かずに帰っていく子だった。ところがある日「あ、あ、あ」と声に出しながら、ことばを探していく作業自体を作文用紙に書きつけていった。

 

ことばをおぼえたつねちゃんは

ちからいっぱいめいっぱい

えんぴつしんをバキボキおって

かきくけことばをガッと彫る

あ ああ あめ あさ あした

 

はあふうはあふう

くちでいきする

はなみずたれてもとんちゃくしない

まわりのことなどかまってられない

 

あ ああ あめ あさ あした

あさごはんおたべました

おとおさんおきやちぼおるおしました

 

「できたせんせい」

ひとしごとおえたあとの

まんぞくな顔

そして、

ふぁふぁいと大きなあくび

 

初めは単語の羅列、徐々に、単語と単語の間に意味のつながりが生まれ、文節と文節との間にもつながりができてくる。ことばが産み出されていく瞬間のおもしろさ。こうした「ことば」との出会いがきっかけとなって、僕は作文教育と深く関わっていくことになる。