KLクナンガン* 母のぼやき by KAYAの母 第16回

*KL memories(クアラルンプール追想)の意

地球の暮らし方B面「そこんとこヨロシク」

もうすぐマレーシアでは旧正月の爆竹の季節ですね。先日、私は東京で日本在住20年以上の中国人ママ(娘が中高一貫校で同じだった)たちと集う機会がありました。マレーシア華人の旧正月では「イーサン」(※注1)が有名なので、彼女たちにこのことを聞いたら「私の出身地の風習ではないよ。福建などの南の風習なんじゃない? 中国は広くて民族の種類も多いから、山を越えたら違う言語を話す違う文化の人たちがいるのが当たり前なのよ」とのこと。そういえば中国出身者同士だと必ず、中国のどこの出身か、ルーツがどの地方か、を尋ねている気がする。そしてさらに驚いたことに、人口は広東・山東・河南省だけでもそれぞれ一億人以上、省単位で全日本人とほぼ同じなのに「最近インドに人口一位の座を奪われたんだよね」と彼女らは言うのです。オランダ1800万人、マレーシア3400万人、日本1億2400万人、中国14億人(公表)、インド14億6000万人(公表)、まさしくケタ違い。

 話題はもっぱら大学生の子どもを持つ母の愚痴。やっぱりお金がかかりますよ、子どもは。これって世界共通の悩み。でも彼女らは「女の子はしょうがないよね。フーヤオね。」と言うのです。フーヤオとは漢字で「富妖」。女の子はお金をかけて育てる、今風に言うならお金のためにパパ活などに走らないようある程度のお金をかけて守って育てる、という教育方針が昔からあるのだそうです。その逆に男子は非常に厳しく育てる教育方針もあるのだそう。

 でも現代中国では男性も女性もとても社会進出が等しく見えるんだけどなぁ、と私が呟いたらこのような説明をしてくれました。毛沢東(※注2)が「この世界の空、天の半分は女が支えている。もう半分は男が支えている。だから女も男も等しく働くのだ。」と説いたからだと。毛沢東の教えがこんなにも中国全土に浸透しているとは驚き! こういうことを知っている日本人って多分少ないですよね。。少なくとも私は知らなかったし、意外と我々って中国のこと知らない気がする。

 さらに、彼女らの子は日本ミームを使いこなし、アカデミックな日本語も超難関大学レベル。つまりネイティブ日本人平均以上。北京語もペラペラだけど彼女たち母親から見ると仕事で通用するレベルかどうかは微妙だし、何よりも考え方は日本人、つまり典型的な “バナナ”だから大人になればなるほど親の悩みも大きいらしいのです。バナナとは、見た目は黄色い皮(黄色人種)だけど中身は白く(白人文化)育った人のこと。日本で育った場合、外見は中国と日本じゃ似てるけど考え方は中国と日本では全く違う、これは複雑バナナな悩みだなぁ。

以前、私が、日本では美女を「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」と表わすんだよと話したら、中国では美人伝説が多く、「池の魚が西施(美女の名前:せいし)の美貌に釘付けになり泳ぐのも忘れ沈んでしまったという話があり、池の魚の目が眩むほど美しいという例えが中国にもあるよ」と彼女らのうちの一人が教えてくれました。

 私が「ワイルド・スワン」(ユン・チアン作)の話をした時は、彼女から、その本は中国本土では発禁になっているので読むことができない、と言われたことがあります。そして、本土では文化大革命によって古来からの伝統文化の多くが失われてしまったのだとも彼女は言っていました。

何かを内側から見る、外側から見る、そうした視点の違いはとても面白い。

 娘は、日本語思考の基盤がかなり形成される十四歳まで中学受験なんかもしちゃってバリバリ日本文化で育ち、その後国外で学び、大学は9月入学の英語学位を選んだけどとりあえずは帰国して学んでいる。それでも昭和生まれの私からすると、なかなかの新人類。それは世代ギャップなのか、異文化環境で育ってきた人に囲まれ続けている影響なのか、それとも素なのか、わからない。

っていうか、ウチの子、日本の文化を外国語で語れるのかなぁ。なんかこれまでの親の育て方を問われてる気がしてきた。でも、そこんとこヨロシクby矢沢永吉、である。

注1:イーサン(魚生)マレーシアやシンガポールの中国正月で刺身と野菜、ナッツなどを混ぜて食べる縁起料理。箸で高くかき混ぜて、一年の運気向上を願う

2:毛沢東(1893-1976)中国共産党のリーダーとして革命を率いて、1949年に現在の中華人民共和国の成立を宣言した建国の父。

筆者紹介

A面担当・KAYA(マレーシア名物ココナツミルクのジャムと同名):2005年12月生まれ。KLのインター校を卒業し、現在は日本の大学2年生。東京での学生生活をはじめ、国内外の街をぶらついては立ち止まり、あれこれと呟きます。が、今月は休載です。来月号の入稿を乞う期待。

B面担当・KAYAの母:2020年より5年間暮らしたマレーシアを離れて現在オランダ・アムステルダムに滞在中。ヨーロッパの片隅から相変わらず、ぼやいていきます。