さくぶん道場 第191回 大谷雅憲

美しさのことを言えって 2019年さくぶん教室メンバー

※2019年に書いた記事を再掲したものです

僕がマレーシアに来たのは二十五年前。当時、三十三歳だった。そのとき小学五年生だった生徒が、今、歌人として活躍している。 塾にある『やがて秋茄子へと到る』という歌集は彼の作品集だ。美しい装丁の歌集で、手に取るだけでも幸せな気分になる。今は懐かしき活版印刷なのも贅沢だ。心の深い所に静かな湖を湛えているような、そしてその深い湖から幻視された世界が立ち上がってくるような、柔らかくしなやかな抒情を感じる作品たちだった。

 

何首か思いつくままに紹介しよう。

『やがて秋茄子へと到る』堂園昌彦より

美しさのことを言えって冬の日の輝く針を差し出している

泣く理由聞けばはるかな草原に花咲くと言うひたすらに言う

砂浜を歩き海から目に届く光のためにおじきを交わす

秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは

はみだしてしまう命を持つ人と僕も食べたよふたつ鯖缶

球速の遅さを笑い合うだけのキャッチボールが日暮れを開く

ほほえんだあなたの中でたくさんの少女が二段ベッドに眠る

見上げると少し悲しい顔をして心の中で壊れたらくだ

冬の旅、心に猫を従えて誰も死なない埠頭を目指す

作品の解説は僕の任ではないので、この作品を「さくぶん教室」の生徒たちに読んでもらって、創作にチャレンジしてもらうことにした。たとえば、最初の作品。「『美しさのことを言えって』言われたら、君たちだったらどう答える?」そこから出た答え=作品が次のものだ。(生徒は小学校高学年〜中学生)

美しさのことを言えって踠く影あの日に戻れただ願うままに           S・響

美しさのことを言えって太陽が雨降る中で光を射すこと                  新丸

美しさのことを言えって弟の誕生日の日店で悩む兄                         航

美しさのことを言えってたまに咲く血みたいな色のバラのことです   祟史

美しさのことを言えって寒い日の光っている星はもうその言葉         悠生

美しさのことを言えって色褪せた記憶に潜む夏の淡雪                     彩華

美しさのことを言えって雨の夜雫滴る雨蛙指す                     T・響

美しさのことを言えって春の野原が笛を吹く                       陽香

美しさのことを言えって不確かなままに始まる今日は太陽だ         善蔵

美しさのことを言えって人間の素直な思い伝える天使               美理

短歌を作るのは難しい。でも、「美しさのことを言えって」という最初の二句につなげるかたちで創作すると、普段は出てこない素晴らしい言葉が自然と口をついて出てくるようだ。次の作品は「泣く理由聞けば」の後を考える。

泣く理由聞けば悲しき古き友命あるだけ心の穴                     S・響

泣く理由聞けばその犬何も言わずにただただ待ってる               新丸

泣く理由聞けば子供は母親の冷たくなった手を握るだけ             航

泣く理由聞けば黄金になり消えていく皆の笑顔                     莉那

泣く理由聞けば泣きやみ静かにね口を開いてお前だよ               悠生

泣く理由聞けば溺れていくと言う苦いようで甘い泡に               彩華

泣く理由聞けば夕暮れが友達との場を隠すと言う                   陽香

泣く理由聞けばさようなら君の運命の人は僕じゃない               善蔵

泣く理由聞けば果てのない世界に飛び降りた                       恵太

泣く理由聞けば眠くてしかたない今朝も妹横であばれる             颯希

泣く理由聞けば雪草原に見に行ったのに反射しない                 美理

 次から次へと素晴らしい作品ができてくる。先行する作品をある程度なぞることでオリジナルな言葉が生まれるっていうのは、よく言われることなのだけど、詩形式の場合はとくにそうだな。まあ、うちの作文教室メンバーのレベルの高さがあってのことなのは言うまでもないが。