巻頭vol.10 2023年6月号
風薫る五月も終わりに近づき、台風2号のニュースとともに日本列島は梅雨入りした模様です。この二ヶ月は僕にとって至福の時間が続きました。不慣れな冬の寒さを耐え凌ぐために毎朝熱い風呂に入って体をほぐし、冬眠のカエルのように家の中に引きこもっていました。猫たちも同じだったようで、それまで一日に2回の規則的な食事を4回求めるようになり、体にしっかりと500グラムの脂肪を貯め込んでしまっていました。
春になり庭に見知らぬ花が咲き始めると車を運転して、見知らぬ土地の小旅行を始めました。町乗りに便利な軽自動車を選んだのですが、廿日市のあたりは海と山が近く、ちょっと山のほうをドライブしようかと軽い気持ちで出かけると、カーナビはとんでもない峠道や、車一台がやっと通れるガードレールもない切り立った崖道を案内してくれ、そんな山道で熊に遭遇したときは、さすがにスマイル(車の名前です)が消えてしまいました。
呉–江田島、安芸高田、三次、大野自然公園、極楽寺、宮浜温泉、湯来温泉、岩国錦帯橋–錦川渓谷などを訪れながら、途中に寄った道の駅や産直市場で買った新鮮な食材を使った旬の味にも目覚めました。ブリの大トロ、小鰯、牡蠣、蒟蒻、タケノコ、そら豆、山菜などは今まで食べたことがないほど美味しく、家の近くで潮干狩りしたアサリと、これも家の庭で採れる山椒の木の芽や蕗などを添えて、この二ヶ月は春爛漫でした。
もう少しこの穏やかな気候が続いてほしかった。
所長 大谷雅憲
先日、久しぶりに映画を観るため広島市内に出かけました。G7サミット直前のタイミングだったため、他県から派遣された警察官がたくさん巡回していて(私が見たのはなぜか皆、福井県警の制服を着用)、市内は物々しい雰囲気でした。
この日観たのは「アダマン号に乗って(Sur L’Adamant)」というタイトルのフランス映画(監督ニコラ・フィリベール/日仏共同製作)。フランス・パリのセーヌ川に係留されているアダマン号という船が精神疾患をもつ人の訪れるデイケアセンターとなっていて、そこでの一年を撮影したドキュメンタリー映画です。デイケア利用者は日中ここにやってきて、クリエイティブなワークショップに参加しつつ、自分たちで活動内容を決めたり、カフェの売り上げを計算したり。映画を見ていても誰が利用者で誰が職員なのかハッキリとはわかりません。が、それも監督の狙いであるようです。
利用者は主に中高年層の人たちで、絵画や音楽、詩作等で豊かな才能を発揮し、それには単純に圧倒されるのですが、何より私が「すごいな」と感じたのは彼らの話し合いのシーン。ミーティングの場では皆、臆せず自分の意見を述べ、他人の主張を最後まで聞く。それが気に入らない意見であっても単なる拒絶はしない。一見当たり前のようですが、そんな討論を目にすることはめったにありません。それができるのはフランス人だからか? この人たちが特別なのか? 「和を以て尊しとなす」の日本人には難しいのではないのか? さまざまな疑問を頭に巡らせながら、路面電車に乗って夕暮れの広島市内を後にしました。
代表 佐々木真美